お香立てコレクターズ倶楽部
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桑原鋳工 hiekka お香立て コーン型用



コーンや小さなお香に重厚な鋳物製で、和室・洋室どちらでも似合うデザインです。
鋳物は厚み重みがあることから、火を扱う場合でも安心して使用できるほか、すすやほこりなどの汚れも目立ちにくく、お手入れも楽にできます。
製品サイズ(縦×横×高さ/mm): 直径52×全高52 重量(kg): 0.51kg 箱サイズ(縦×横×高さ/mm): 103×93×64 商品タグ:鋳物 調理器具 桑名 >>三重・桑名産 一生ものの「鋳物調理器」の商品一覧堅牢にして上質、熱伝統率と蓄熱性の良いキッチン用鉄器 IHクッキングヒーターでも使える、一点ものの鉄の調理器具 おなべひとつ、フライパンひとつを変えるだけで、 お料理の味がワンランク上に! 熱をむらなく伝え、保温性の高い鋳物の調理器具は、 長く使えばその分、 使い勝手がよくなり調理もしやすくなります。
鉄は、歴史と知恵のかたまりです。
堅牢にして、味わい深い、一生ものの調理器具。
熱をムラなくつたえ、耐熱性も高い鋳物の調理器具は、 食材のもつ旨みをひきだし、閉じ込め、 いつもよりワンランク上の味わいづくりをお手伝いします。
少量の調理も得意な、フライパン。
ごはんをごちそうに仕上げる、ごはん釜。
お湯をまろやかな舌触りに仕上げる、鉄瓶。
使えば使うほど味わい深く、愛着の沸く、温故知新の一期一会。
鋳造という伝統を、現代のデザインと用途、機能性をもたせた、 毎日の暮らしに馴染む新しい鉄のかたちです。
堅牢にして味わい深い、一生ものに育てる「鋳物」 「いもの」という言葉をご存知ですか? 「いもの」とは、鋳物。
素材によっては、鉄器とも呼ばれます。
鉄などを溶かして型に流し込み、冷えて固まってから取り出すという方法でつくられる金属製品です。
「鋳」という漢字は、「ちゅう」とも読み、この文字そのものが、「金属を溶かし、型に流しこんで器物をつくる」という意味を持っています(引用:三省堂「大辞林 第三版」)。
金属を溶かし、型に流し込み、冷やし固めてかたちにするという技術を鋳造と呼び、人類が鉄と関わりはじめた当初より今現代まで引き継がれてきました。
日本の鋳造の歴史は、弥生時代後期まで遡ることができるといわれます。
鋳造を行う職人を「鋳物師(いもじ・いものし)」と呼び、奈良時代には「典鋳司(てんじゅし・いもののつかさ)」という役職として、平安時代以降には官職を得た技術職人として、日本各地に集団で拠点を構え、その技術を生かしたモノづくりをしていたそうです。
金属から不純物を取り除くことを「精錬(せいれん)」といいますが、人類の金属との関わりは、比較的容易に精錬できる銅や青銅、銀、金、などの金属からはじまっています。
鉄の精錬は非常に難しく、特に鉄鉱石からの製鉄は非常に難しいため、当時は「たたら」と呼ばれる製鉄法で、砂鉄を溶かして精錬していたといいますが、鋳物師の活躍は多岐にわたり、鉄や銅で仏像の建築や梵鐘(ぼんしょう)と呼ばれるお寺の釣鐘の製造から、鍋や釜、すき、くわなどの金属製の家庭用品を数多く鋳造しました。
なかでも鉄は、「鉄を制するものは、世界(天下)を制する」といわれるほど、権力と深く関わりをもった金属でした。
古代の農業の生産性を飛躍的に高めた鉄製の農具や、刀や鉄砲などの武器。
鋳造(ちゅうぞう)、鍛造(たんぞう)、鍛冶(かじ)という、鉄を鍛錬する技術があわさってつくりあげた所々のものたちは、ひとびとの生活を発展させ、権力者を支える力の源ともなりました。
また精錬の原料となる鉄鉱を含む土地が争奪の対象となると同時に、鋳造の技術を持つものは重用され、その技術も磨かれていきました。
鋳物の街、くわな 東海道五十三次、唯一の回路「七里の渡し」を渡ると、日本橋から数えて42番目の宿場町「桑名」に到着します。
桑名は古来より鋳物の製造が盛んで、その起源は慶長6年(1601年)。
天下分け目の戦いとなる「関ヶ原の戦い」の翌年にあります。
江戸時代の幕開けとともに、伊勢桑名藩初代藩主となった徳川四天王のひとりである本田忠勝公は、「慶長の町割り」と呼ばれる積極的なまちづくりや、東海道の宿場の整理を行うと同時に、鋳物師の廣瀬、辻内の両家を中心とし、鉄砲の鋳造をはじめました。
これが「くわな鋳物」のはじまりだといわれています。
三重県北部に位置する桑名市は、揖斐川・長良川・木曽川の三大河川が注ぐ伊勢湾に面し、西に鈴鹿連峰、北に養老山系、東に濃尾平野が広がる水と緑豊かな場所です。
南は町屋川が員弁郡の奥地へ、広い河口が海へと水運の便が良く、東海道が陸運の要となって、東海道五十三次の宿場町として、また湊町として、更には城下町として栄えました。
鋳造に欠かせない砂や木炭等をより安易に入手できるようにしたこの陸運や海運の便の良さが、「くわな鋳物」の発展に繋がったのだと云われています。
また1887年には、隣村の小向(現在の三重郡朝日町)で、発見された鋳物砂が、桑名の鋳造業が飛躍する原動力となりました。
鋳物砂とは、鋳造に欠かせない「砂型」をつくるための砂です。
どろどろに溶けた鉄を流し込む型には、熱に耐える力と、その型を保持する力の両方を備えた砂をいかにして手に入れるかがカギになりますが、桑名近隣で見つかった砂は、自然のままでも十分に鋳造に適した性質をもっていました。
その結果、大量生産や複雑な形状の鋳造が可能となり、「東の川口、西の桑名」と呼ばれるほどの鋳物の日本二大産地のひとつとして成熟していきました。
明治時代には銑鉄(せんてつ)を使用した鋳鉄釜などの家庭用品を生産するようになり、日用品を基礎とした鋳造業として発達してきました。
しかし太平洋戦争の開戦とともに、国の命により、鋳造業は日用品の生産を取りやめ、機械鋳物の生産へと転換を余儀なくされます。
第二次世界大戦時には、空襲により壊滅的な打撃を受けましたが、終戦後には、航空機廃材や散乱するスクラップを回収し、鋳鉄釜などの生活用品に造り替えるなど、再び鋳物の日本二大産地としての歴史を刻み始めました。
そして現代。
桑名の鋳造は、愛知の自動車産業などの重工業に供給する部品の生産割合が高くなっています。
その背景には、戦後、広く普及したアルミやステンレスなどでできた、軽量で頑丈、安価で利便性の高い日用品の普及もあるでしょう。
高価で重量もある鋳物の日用品は、家庭での使い勝手も悪く嫌煙されてきましたが、現代の技術と伝統技術を融合し、鋳物(鋳鉄)にしかない特徴を生かした家庭用調理器具が再び脚光を浴びつつあります。
鋳鉄製品ができるまで 「鉄を溶かして、型に流し込む。
」 とてもシンプルなプロセスですが、製造工程が簡素であればあるほど、ひとつひとつのステップはとても深く、経験に裏付けされた技術を要します。
成型のもとになる木型をつくり、その木型をもとにつくる鋳型は、砂でできています。
例えば鍋であれば、鋳型で必要となるのは、欲しい鍋の形をした空洞です。
厚みやかたち、細部に至る突起や文様、技巧がすべて、この鋳型の段階で決まります。
製品と鋳型が凹凸の関係であると同時に、鋳型と木型も凹凸の関係。
細部まで細かい細工を施した木型を、そのまま鋳型に写し取るために、砂が使われます。
鋳型に使う砂は、ただの砂ではありません。
1500℃を超える高熱の溶鉄を受け止め、かつ細部に至るまで細かい細工を保持できる「型」をつくる鋳型砂でなくてはなりません。
鋳型砂をつくるのは、骨格である砂と粘結剤。
主に骨格になる「砂」の性質が仕上がりを左右します。
しかし鋳型に適した性状の砂に恵まれた桑名の鋳物職人も、組織単位で粘結剤の割合や質が違うといいます。
出来上がった鋳型に、静かに、早く、溶鉄を流し込み、固まるまで待ったあと、鋳型を外します。
砂で固めた鋳型も、鉄の高温に焦げ付いて変色するだけでなく、堅く固まってしまいます。
鋳型を取り除いたあとは、鋳物表面に残り砂を鋳物を傷つけないよう取り除き、旋盤という鉄を削る電動やすりで、丁寧に不要な突起を削り取り形状を整えます。
これを研削加工(研磨)と呼びます。
鋳型に使われる砂は、水分がつきもの。
どろどろに溶けた鉄を流し込むと、この水分はもちろん一気に蒸発し、型そのものが収縮します。
つまり、型作りには、この「ちぢみ」を計算しなければならないのです。
砂の湿度は、天気によっても左右されます。
またひとつひとつ鋳型をとり、ひとつひとつ流し込む鋳物は、「全く同じ」ものはひとつとしてできません。
フライパンの肌を見比べると顕著ですが、表面がざらざらしているもの、よりすべすべしているものと、型によって、季節によって、すこしずつ趣がかわります。
また100個つくって、100個が製品として出荷できるわけでもありません。
その時の砂の加減、鉄の加減、気候の加減で、完成品と呼べる作品の数も変わるのです。
鋳物製品ができるまで 一般的な鉄鋳物の製造工程です。
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